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▼ジョアン・ジルベルトの『Warm World Of Joao Gilberto - Complete Recordings 1958 -1961』を聴く。▼再発を巡ってジョアンとオデオン・レーベルとが係争している間に著作権が切れてしまった関係もあるのか、最近イギリスのエル・レーベルやイタリアのレコード会社などからジョアンの音源が色々とリリースされているが、そのなかでもスペイン発のこのディスクは決定盤だと言えるのではないだろうか。▼音源や曲順は係争のタネになっている『ジョアン・ジルベルトの伝説』に準じたものだが、「Maria Ninguem」のテープが伸びたように聴こえる箇所は修正され、さらに「Este Seu Olhar」の別ヴァージョンを加えた全39曲が収められている。▼アントニオ・カルロス・ジョビンがボサノヴァの創始者であることに間違いはないが、ジョアン・ジルベルトはボサノヴァを世界に広めるのに貢献した媒介者であり優れた翻訳者であったと思う。▼その囁くようなヴォーカル・スタイルは一瞬ヘタウマにも思えるのだが、注意して聴いてみると、決して簡単には真似することのできない、確かな技術に裏付けられたスタイルであることに気づく。▼かのマイルス・デイヴィスは「ジョアン・ジルベルトは電話帳を読んでも美しく聞かせることができる」と評した。▼これを体験してしまうと他のボサノヴァ演奏は喋りすぎているし、喧しすぎるように聴こえてしまう。▼世間的にはマイ・ブラディ・ヴァレンタインが話題だが、ぼくの2012年再発大賞はこのディスクに決まり。
▼小川洋子の『人質の朗読会』を読了。▼短編集のメリットは長編ほど読み手に(書き手にも?)集中力を要さず気楽に読めることにあると思うが、デメリットは一冊に収められた作品のなかに、どうしても出来不出来や好き嫌いが出来てしまうことではないだろうか。▼この本に収められた9篇についてもやはり同じことが言えて、すべての作品が傑作だとは言いかねるかもしれない。▼しかしながら、異国の地で人質になった8人の朗読会(+1篇)という体裁をとったこの連作短編集は個々の評価よりも全体を俯瞰することが要求されるために、通常の短編集に与えられる評価軸を巧みに回避することに成功している。▼文中にある「未来がどうあろうと決して損なわれない過去」という一節がこの作品のテーマのひとつだと言える。▼本書のイントロダクションを読めば分かるように8人に未来はないのだが、彼らがどう死んだかということよりも、どう生きたのかということに作者の眼差しは注がれる。▼それはメディアが扱う、記号や数字のようになりがちな「死」によって隠されてしまう、個々の「生」の匿名性とは対極にあるものだと言える。
▼バッハの無伴奏チェロ組曲を聴く。▼クラシック音楽のなかでひとつだけと言われれば、ぼくはこの曲集を選ぶかもしれない。▼第1番のプレリュードは誰もが知っている曲だろうし、作品全体としてもそれほど難解なものだとは思わないが、全36曲のそれぞれに深い思索と精神性とが秘められているようで、聴けば聴くほどこの作品が汲めども尽きることのない(チェロ一本で奏でられているにも関わらず)巨大なものであるような印象を強くする。▼今回聴いたのは人気チェリスト、ヨーヨー・マの2回目の録音盤。▼6つのサラバンドはこの曲集のなかでも白眉のものだとぼくは考えているのだけれども、マの演奏はこのサラバンドをどれも遅めのテンポでじっくりと弾いていて曲自体の持つ瞑想的な雰囲気を更に際立たせている。▼この演奏の特徴は調弦を通常よりも低めに設定していることで、そのせいもあって低音の迫力が凄まじい。▼しかし、これだけ低音が強調されても音楽はリズミカルで、決して重くはならないところがこの奏者ならではなのかもしれない。▼ヨーヨー・マの1回目の無伴奏チェロ組曲の録音については響きが軽すぎるように感じる部分もあったので、ぼくとしてはこの演奏のほうが好ましく感じられる。▼録音は演奏上どうしても出てしまうノイズをも含めてチェロから出る音はすべて収めようとする意欲的なもので、なかでも最後の一音がゆっくりと空間から消え去ってゆくさまが非常に美しく捉えられている。
▼ワーグナーの『ニーベルングの指環』を聴く。▼ヤノフスキ指揮ドレスデン国立歌劇場による演奏。▼ソニーの格安ボックスセットのおかげで、今回ようやく入手することができた。▼ご存知のように『指環』は、上演に四夜を必要とする破格のオペラだ。▼創造者であるワーグナーはもちろんだが、こういった作品を劇場にかけることができる文化的土壌があるということも凄いものだと感心してしまう。▼四部作のなかで最も人気のある作品といえば、『地獄の黙示録』で有名な「ワルキューレの騎行」が含まれる『ワルキューレ』だと思うが、ぼくとしては『神々の黄昏』が作品の規模が大きいことに加えて、管弦楽の比重が高く、非常に陶酔感をもたらす音楽になっていることもあって、四部作を締めくくるのに相応しいものだという印象を受けた。▼四部作は単体でも演奏可能なものだが、「ワルキューレの騎行」のモティーフは『ジークフリート』や『神々の黄昏』でも用いられていて、音楽的にも関連性がもたらされているので、できることならやはり四つまとめて聴きたいものだ。▼さらに、ただ単に長いオペラを聴き通したという達成感や感慨だけではなく、ひとつひとつの作品、そしてそれらひとつずつの作品を構成する要素がどれも素晴らしいので、感動の波が次々と押し寄せてきて、こちらの許容範囲を超えて圧倒されるような思いに囚われてしまう。▼ルートヴィヒ2世やヒトラーのような狂った人間をも惹き付けてきたワーグナーの音楽。▼その魅力は聴く者をアブナい世界へと誘うような、どこか狂信的な響きにもあると思う。
▼近くのレコードショップの閉店セールがまだ続いていたので、また買ってきた。▼今度は在庫セールや中古盤屋の定番、ブー・ラドリーズの『C'mon Kids』。▼じっさい、内容的にはそれほど悪くはないのに、これほど嫌われたレコードも珍しいかもしれない。▼前作『Wake Up!』は全英1位を獲得したにも関わらず、このアルバムはチャートの20位までしか達しなかった。▼ふつう前作がベストセラーになって、その翌年にアルバムを出せば、どんな内容であってもそれなりに売れるはずなのだが、『Wake Up!』の爽やかで天真爛漫な曲群とはそれほどまでに落差があったということなのだろう。▼「Meltin's Worm」「Everything Is Sorrow」など、前作の流れを汲むポップなメロディを持つ曲もあるのだが、ノイジーなギターをはじめとして、とにかくアレンジが喧しすぎるのは否めない。▼おそらく本人達としては前作の成功に対する反動のようなものがあったのだろうが、多くの聴き手はそのノイジーな外観に拒絶反応を起こして曲の本質まで辿り着くことができなかった。▼今改めて聴き直してみると、喧しさは相変わらずにしても内容は全然悪くないし、特に8曲目の「Four Saints」以降は、前作で会得したメロディセンスと今作の実験性とが絶妙なバランスで融合されていて、なかなかに聴き応えがある。▼バンドはこの後もう一枚アルバム(これも悪くなかった)を出すが、やはり商業的には成功することなくそのまま解散してしまう。▼このアルバムやその後の彼らの不遇を考えながら聴いていると、余計残念無念感が沁みてくるような気がする。▼閉店セール2枚100円で買った者が言うのもなんですが。
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