人気ブログランキング | 話題のタグを見る

音楽の海岸

レディオヘッド『A Moon Shaped Pool』レヴュー

ロッキング・オン的な大仰な物言いに信用が置けないことはもはや分かりきっているが、それにしても先行シングルの「Burn The Witch」は期待外れな曲だった。だって、レディオヘッドの5年ぶりのアルバムからのファーストカットがこれだよ!?みんなこのくらいの楽曲で満足するくらいレディオヘッドに対する期待値は下がっていたの!?という感想から1週間もたたないうちに彼らのニュー・アルバムが届けられることになった。

改めてアルバム中の1曲として聴いてみてもその印象は変わらないが、ありがたいことにこれはちょっと辛目の食前酒にしか過ぎなかった。20年以上前の曲(「True Love Waits」)を初めとして、以前から彼らのライブ等で演奏されてきた曲が中心となっているために、寄せ集めの作品という誹りを受けかねないようにも思えるが、この美しいアルバムを聴いているとそんなことはどうでもよくなってしまう。むしろ、彼らの楽曲が持つ時代を超えた普遍性とそのアレンジ能力の高さに刮目することになるだろう。

近年のレディオヘッドはメンバーのソロ活動が活発になっており、トム・ヨークの気ままな課外活動を見ているとレディオヘッドに対してそれほどの存在意義を見出していないのではないかという危惧をファンに抱かせてもいたが、こうして新作を聴く限り、トムのバンド外における電子音響の実験と、ジョニー・グリーンウッドがサントラ仕事で培ったストリングス・アレンジの技術とがちゃんとレディオヘッド本体に還元されているばかりか、ソロ活動以上の高次元でそれらを作品として結実させていることが分かる。

オススメ曲は全部!(あ、「Burn The Witch」も一応)以上!黙って聴け!と言いたくなってしまうが、少しだけ書いておくと、「Ful Stop」「Glass Eyes」「Identikit」「The Numbers」と続く中盤の流れが際立っていて、バンドサウンドとオーケストラとが一体となって、しかし決して熱くはならないうねりみたいなものが感じられて素晴らしい。

レディオヘッドが曲(ボーカルの旋律)だけではなく、音そのものというか、音響のすべてを聴かせようとしているのは明らかで、考えてみれば、『Kid A』時の「ロックなんてゴミだ」というトムの発言や、それ以降のギター・サウンドとの別離などもその文脈で考えると納得できるような気がするのだが、今作においてはそういった頭でっかちな部分やコンセプトとかは超越して、複雑なことをしているに違いないのにとても自然体なものとして音楽(サウンド)が響いてくる。寄せ集め的な楽曲や(一見)スムーズなサウンドにレディオヘッドもいよいよ追憶をはじめたのかと思われるかもしれないが、この複雑なことを複雑とは感じさせない、能ある鷹は爪を隠す的なサウンドがレディオヘッドの新境地であると思う。

レディオヘッドの新作発表がどうして毎回これほど話題になるのか、あるいは部外者には分かりにくいかもしれない。それは、たとえばビートルズやデビッド・ボウイやセックス・ピストルズとは違って、このバンドには文化的な背景と一緒に語られることが(ほとんど)ないからかもしれない。しかしその理由は彼らのレコードを聴けばすぐに分かることだ。実際、彼らほど音楽にすべてを語らせているバンドも珍しいのではないだろうか。いや、むしろ音楽以外のことを語る(見せる)必要が生じていることに近代音楽産業における問題点があるのかもしれないのだが、そこには無縁であること、また無縁でいられることにレディオヘッドの特殊な立ち位置を確認することができる。
 
さあ、もうそろそろノートパソコンは閉じて、レディオヘッドの新作に(前作とは違って)11曲も収録されていたことに感謝しよう。そして、紛うことなき傑作であったことにも。

レディオヘッド『A Moon Shaped Pool』レヴュー_f0190773_1856285.jpg
by ok-computer | 2016-05-09 22:41 | 音楽 | Trackback | Comments(0)