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音楽の海岸

村上春樹『ねじまき鳥クロニクル』

▼村上春樹の『ねじまき鳥クロニクル』を読了。▼第1部を読み終わったとき、これは傑作だ!と確信したが、第2部を読み進めるに連れて雲行きが怪しくなり、主人公が井戸に潜り始めた辺りからは物語もいくぶん停滞しはじめる。▼さらに、加納クレタという人物の、やたら「おわかりになりますか?」を繰り返す、その喋り方にもいらだちのようなものを憶えるようになった。▼しかし、第3部ではその第2部で退屈に感じられたような部分もネタ振りとなって一転物語は激しい動きを見せ始める。▼回想部分を除いては時系列に進められていった前2部とは異なり、時制は解体され、雑誌や新聞の記事、笠原メイや間宮中尉の手紙、コンピュータ通信でのやりとりなど、様々な文章のスタイルを用いることによって、エンディングに向けてドラマティックな彩りが増していく。▼物語はパラレルかつ多層的でとても簡単に要約できるものではないが、人を根本的に損なうことになってしまう、意識的・無意識的な、あるいは身体的・精神的な暴力というのがひとつのテーマであるようにぼくには感じられた。▼第二次世界大戦末期の満州・外蒙古・シベリアを舞台とする間宮中尉の物語に登場する、皮剥ぎボリスのエピソードは作品の暴力性の顕われとして強烈な印象を残す。▼元々『ねじまき鳥と火曜日の女たち』という短篇から出発している作品だけに、一連の大きな流れを持つというよりは、たくさんの短篇の集合体であるかのような印象も与える。▼主人公の岡田トオルが妻を取り戻す、という物語全体を貫く主題はあるのだが、枝葉末節が面白いがゆえに、核となるはずの物語が大きく共感を持って響いてこないような気もする。▼また、主人公の妻の兄である綿谷ノボルの人物造形は、とくに今の大阪に住む人間としては予言的というかリアルな質感を伴って伝わってくるのだが、彼の持つ邪悪な力については最後まで具体的に描かれることはなく、そこを克明にすればメタファーとしての効力が失われるという面があるにしても、若干の物足りなさを感じなくもない。▼それ以外のキャラクターとして、笠原メイの存在はかなり際立っているし、間宮中尉の手紙についてはそれだけでひとつの小説になりそうなくらい完成度が高い。▼意外だったのは、何人かの人物の持つ特殊能力のスーパーナチュラルさ加減というか、結構ファンタジー小説風味が強いこと。▼とにかく細部の書き込みについては凄いものがあるので、小説全体の整合性にこだわるよりも、ひとつひとつのエピソードを楽しむのがいいのだと思う。▼ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』を読んだときにもそうだったが、こういった大長編に対するスタンスというのは、最後まで読み切った自分を褒めてあげたいというか、アタマから否定してしまうと、それにかけた時間と労力とが水泡に帰するような感じがして、どうしても肯定的な方に傾いてしまうという部分もなきにしもあらずかと思うのだが、思った以上に複雑怪奇で評価の難しい作品。
by ok-computer | 2012-03-20 22:42 | 文学・本 | Trackback | Comments(0)
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