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音楽の海岸

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2012/2/27

▼エルガーの交響曲第3番を聴く。▼アンソニー・ペインによる補筆構成版による演奏。▼フルスコアが残されたのは第一楽章の冒頭17小節のほか、ごく一部しかなかったということで、エルガーの他の作品からの引用やペインの創作による部分が多いようだ。▼しかしながら、同じく他人の手による補筆が入ったマーラーの交響曲第10番を初めて聴いたときに感じたような違和感をこの作品に対してはほとんど感じることがなかった。▼ペインの技術と研究の賜物といえそうだが、マーラーに較べると保守的な作曲家の性格も関係しているのかもしれない。▼いずれにしろ、その完成度の高さゆえか、最近ではエルガーの交響曲を録音する際にはこの3番も含める指揮者が多くなっている。▼エルガー自身がこの補筆を喜ぶかどうかは分からないが、スピーカーから流れる音を聴いていてぼくが感じるのは喜びだけだ。▼最近こちらのコーナーをみると、エルガーと坂本龍一しか聴いていないような印象を与えるのかもしれない。▼それは完全な事実ではないが、その一面をあらわしてはいる。▼抑制の効いた甘さのようなものを渇望する心持ちがあるのかもしれない。

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by ok-computer | 2012-02-27 18:22 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

2012/2/26

▼スタン・ゲッツの『Getz Au Go Go』を聴く。▼ニューヨークのカフェ・オー・ゴー・ゴーとカーネギーホールでのライブを編集したもの。▼ぼくとしてはあの有名な『Getz/Gilberto』よりも高く評価したいと思う。▼先日も書いたが、『Getz/Gilberto』は曲自体はどれも良いものの、スタン・ゲッツとジョアン・ジルベルトとアントニオ・カルロス・ジョビンとのケミストリーを聴くことができず、どちらかというと順列組み合わせに終始している印象があって、居心地の悪さを感じてしまう。▼それに較べると、ジョビンの曲も取り上げてはいるものの、ボサノヴァの2大巨匠は不在のこのライブ・アルバムでは当然スタン・ゲッツの意図が尊重されたものとなっている。▼つまり、『Getz Au Go Go』はボサノヴァの曲がいつくか収録されてはいるものの、完全なジャズ・アルバムになっていると思う。▼ボサノヴァの歌姫アストラッド・ジルベルトが6曲に参加しているが、そもそも彼女には自己主張するだけの技術も意志も(おそらく)ない。▼「Summertime」のベース・ラインはビル・エヴァンス・トリオのヴァージョンにそっくりだと思っていたら、どちらも同じチャック・イスラエルだった。▼ということは、このフレーズはエヴァンスの指示ではなく、チャック・イスラエルが考案したということになる。▼他にも、ギターがケニー・バレル、ヴィブラフォンがゲイリー・バートンといったバックの面子が豪華。▼『Getz/Gilberto』では場違いに感じる場面もあったゲッツの甘い感じのテナーサックスのプレイもここでは(もちろん)そんなこともなく、気持ちよく朗々と存分に響きわたる。

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by ok-computer | 2012-02-26 18:15 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

大阪芸術大学26

上は高畑侑平さんの『CARPE DIEM』、下は桝野恵さんの『ゆれる Ⅰ』という作品です。

ここ数年はミクストメディア系の作品に優れたものが多いと感じていましたが、
今年度は絵画作品(日本画・油画ともに)に印象の残るものが多いように思いました。

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by ok-computer | 2012-02-24 20:52 | アート | Trackback | Comments(0)

大阪芸術大学25

毎年愉しみにしている、大阪芸術大学の卒展に行ってきました。
今後、何日かに分けて掲載したいと思います。

まずは、松本幸さんの『腐食』という作品。
被写体として面白い作品でした。

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by ok-computer | 2012-02-19 21:02 | アート | Trackback | Comments(0)

2012/2/19

▼坂本龍一の『out of noise』を聴く。▼これは彼の最も非コマーシャルなレコードではないだろうか。▼そして、『B-2 Unit』ほど過激ではないにせよ、『B-2 Unit』以来もっとも挑戦的な作品だともいえる。▼つまり、坂本龍一のCDのなかで『ウラBTTB』しか持っていないような人、主旋律のなかにしか音楽を見出せないような人にはおそらく理解の範疇を超えた音楽になっている。▼前作『CHASM』と似た部分もあるが、あちらほどポップでもカラフルでもなく、より現代音楽寄りであり、モノトーンに近い感触の音になっている。▼1曲目の「hibari」は、ドビュッシー的な親しみやすい主題を、少しずつずらしながら9分間に渡ってひたすら反復していくというスティーヴ・ライヒ的な手法を用いた曲。▼この手法はエンディングの「composition 0919」でも用いられており、アルバムがちょうど円環のような構造になるように図られている。▼2曲目の「hwit」では、イギリスのヴィオール集団、フレットワークをゲストに迎えている。▼この曲をブラインド・テストで聴いたら、エストニア辺り出身の現代音楽家の作品だと思うかもしれない。▼7曲目の「firewater」は、ぼくにはマイ・ブラディ・ヴァレンタインやコクトー・ツインズのように聴こえるが、東大寺のお水取りにおける、大きな松明を持って御堂を動き回るお坊さんの姿からインスピレーションを受けたものだというから面白い。▼他の楽曲にもコメントしたいところだが、ウィキペディアの解説と同じようになってしまいそうなので止めておく。▼付け加えるなら、このアルバムはできればCDで、かつできるだけ良いオーディオシステムで聴いてほしい。▼MP3やプアなシステムだと何曲かは音割れしてしまうだろうし、良いリスニング環境で聴けば音によるトリップのような感覚を味わえるだろうから。

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by ok-computer | 2012-02-18 22:18 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

レイモンド・チャンドラー『リトル・シスター』

▼レイモンド・チャンドラーの『リトル・シスター』を読了。▼表紙のチャンドラーと訳者の村上春樹のフォント表記が『さよなら、愛しい人』では同じくらいの大きさだったが、この作品では村上春樹のほうが大きくなっている。▼次の翻訳作品ではチャンドラーの名は表紙から消えてしまっているかもしれない。▼それはともかくとして、チャンドラーの場合、ストーリーの仕掛けや謎解きと同じくらい、あるいはそれ以上に台詞や細部の描写が重要であることが多いが、今回の新訳では以前の清水俊二の訳ではカットされていた部分がすべて復元されているので、そういう意味ではより本来のチャンドラーの真髄を味わえるのかもしれない。▼じっさい、ぼくも久しぶりに手に取って、次作『長いお別れ』に遠く及ばない作品という印象しかなかったこの作品をじつに面白く読み返すことができた。▼「私はしゃべりすぎる。孤独な人間はいつもしゃべりすぎる。しゃべりすぎるか全然しゃべらないか、どちらかだ」(p.12)▼チャンドラーと村上春樹という組み合わせはいまひとつピンとこなかったのだが、今回読んでみて、その少々まわりくどい比喩表現などにおいて共通項があることを発見した。▼案外ストレートに影響されているのかもしれない。
by ok-computer | 2012-02-12 16:38 | 文学・本 | Trackback | Comments(0)

2012/2/6

▼ウェイン・ショーターの『JuJu』を聴く。▼日本の同名女性歌手の芸名がこのアルバムから採られたということで、最近ちょっと脚光を浴びている作品。▼彼女の音楽について特に言うことはないが、きっかけはどうあれ、このアルバムに触れる人が増えるのはいいことなのだろうと思う。▼この作品に限らず、この時期のショーターの作品はどれも素晴らしい。▼普通のミュージシャンがこれほどの作品を出せば10点満点中10点だが、これがショーターの最高傑作かと問われれば、ファンの間でも評価は分かれるだろう。▼そのくらいこの時期のショーターには優れた作品が多く、その創作パワーは凄い。▼おそらく、当時の彼の頭には次から次へと格好良いフレーズが浮かんできていたのではないだろうか。▼敢えて難点をつけるとすれば、あまりにスムース&メロウで軽く聴こえる場面があることくらいだが、この完成度の前にはそれも犬の遠吠えのようなものになってしまう。▼ショーターの代表作のひとつ「Yes or No」はそんな軽さの最もたるものかもしれないが、あるいはまた70年代以降ウェザー・リポート加入後の彼の活躍を予見させるものであったのかもしれない。

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by ok-computer | 2012-02-06 23:20 | 音楽 | Trackback | Comments(0)