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ジョン・コルトレーン『Live at the Village Vanguard』

▼ジョン・コルトレーンの『Live at the Village Vanguard』を聴く。▼ジャズが苦手な人の多くがその音楽について違和感を憶えるのはアドリブ部分の長さではないだろうか。▼アドリブというのはジャズという音楽においてはテーマと同じくらい、あるいはそれ以上に奏者にとっての創造性が発揮される部分であるはずなのだが、門外漢にとってはテーマほどメロディが明確ではない部分がなぜこんなにも必要なのかと不思議に思えてしまう。▼生粋のロック・ファンだったぼくもジャズに対してそんな風に感じていた時期が長くあった。▼マイルスやコルトレーン、それにビル・エヴァンスといった人たちのアルバムは10代のころから持ってはいたが、それは何となく格好良さそうだからといったアクセサリー感覚であって、のめり込んで聴いていたわけではなかった。▼ぼくがジャズを本当に好きになったのはクラシックを聴くようになってからのこと。▼クラシック音楽の変奏曲の形式とジャズのテーマ→アドリブ→テーマという構成に共通性があることに気づかされたのだ。▼それに加えて、マーラーの交響曲のように長大な作品を聴くことによって、3分間の芸術であるポップミュージックとは異なるジャズのタイム感みたいなものにも馴れたのかもしれない。▼『Live at the Village Vanguard』に戻ると、1曲目の「Spiritual」はすでにこの時点で『A Love Supreme』の世界がほぼ出来上がっていたことが分かる、コルトレーンのオリジナル曲のなかでも屈指といってもいい作品。▼ラスト(といっても3曲しか収録されていませんが)の「Chasin' the Trane」はエンジニアのルディ・ヴァン・ゲルダーが動き回って吹くコルトレーンを追いかけながら録音していた様子を曲名にしたもので、いかにもそれらしいユーモラスな曲調なのだが、それをアドリブでどんどん展開していって、どこまでもどこまども熱くなっていく様が圧巻だ。

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by ok-computer | 2013-01-28 20:29 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

2013/1/27

▼ジーザス&メリー・チェインの『Honey's Dead』を聴く。▼エクスパンデッド・エディションによる再発盤。▼ネットを覗くと、この作品を高く評価する人が多いことにずっと違和感を抱いていたが、今回聴き直してみてこれまでに感じていたよりもずっと良い作品(最高傑作ではないにしても)であるように思われた。▼ポップミュージックというのは同時代性みたいなものが他の音楽よりも重要であると思うのだが、そういう意味ではこのアルバムはオリジネイターがフォロワーを後追いしているような居心地の悪さを当時は感じて、それが音楽そのものよりも気になっていたのだろう。▼すでにアルバムが発表されてから20年以上の歳月が経ち、ようやく作品に対する客観的な距離感がぼくのなかで生まれたのかもしれない。▼いつものように大量のボーナストラックが含まれているが、『The Sound of Speed』を持っていないので、どれも面白く聴くことができた。▼カップリング曲(「Silverblade」や「Heat」が特に好き)も充実しているが、最大の聴き所はSheffield Arenaにおけるライブ音源。▼『BBC Live in Concert』というアルバムで既発表の音源だが、かなりのマニアでなければ聴いたことがないのではないだろうか。(今回、さらに未発表の「Frequency」をプラス)▼彼らのライブを観たことのある者からすれば、ある程度修正が入っていることは推察できるのだが、この時期に顕著な凝った音作りとライブならではの荒々しさが併存した非常に格好良い演奏になっている。

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by ok-computer | 2013-01-27 23:59 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

小川洋子『ミーナの行進』

▼小川洋子の『ミーナの行進』を読了。▼他の小説に較べるといつもの小川テイストみたいなものがやや抑えられたノスタルジックな印象の作品。▼ウィキペディアで調べてみると、この作品の前が『ブラフマンの埋葬』で、そのもうひとつ前が『博士の愛した数式』ということなので、一連の流れが見えてくるというか、それ以前の小骨が喉に引っ掛かるような違和感と悪意が見え隠れする彼女独自の世界観から、もう一歩外へ踏み出していこうとする意志のようなものが見えてくるような気がする。▼ミュージシャンに較べると、作家の作品を時系列に並べて読んだり考えたりすることが少ないのだが、その小説がどの辺りの時期に属するのかということは、その作家の作品を読み解くうえで重要なことなのかもしれない。▼『ミーナの行進』の話に戻ると、語り手である朋子のいとこのミーナがコビトカバに乗って学校に通うという設定が本作唯一の小川ワールド印といえるのかもしれないが、そのミーナが収集しているマッチ箱に描かれた絵を基にして書く物語が随所に配置され、それが単に物語内物語というだけでなく、ちゃんと本筋の物語にリンクして進行させていく原動力となっているところはさすがだと思わせる。▼本作のハイライトは、ミーナのハンサムで魅力的な父親、朋子にとっては伯父さんが滅多に家に帰ってこない理由をつきとめようと、朋子がちょっとした冒険を試みようとする件だろう。▼朋子は直接訴える代わりに、ある印のようなものを置いて帰ることにする。▼そこには『妊娠カレンダー』で妹が姉のために作るグレープフルーツ・ジャムに込められたような悪意はなく、祈りに近い願いしかないように思える。▼だからこそ、読む者はそれが叶えられてほしい、誰も欠けないでいてほしいと一緒に願うことになる。▼小川洋子の作品を愛する者にとっては、この後いつものように深い淵のような展開が待ち受けているかもしれないと要らぬ心配をしつつドキドキして読み進めることになるのだが、(喜ばしいことに)それも杞憂に終り、驚くほど爽やかな読後感とストレートな感動をもたらしてくれる。
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by ok-computer | 2013-01-06 12:46 | | Trackback | Comments(0)