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音楽の海岸

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川上弘美『これでよろしくて?』

▼川上弘美の『これでよろしくて?』を読了。▼そのタイトルや、帯にある「川上弘美的ガールズトーク小説」という売り文句に及び腰になっていたが、これは良かった。▼『センセイの鞄』のいかにも名作然とした佇まいよりも好きかもしれない。▼38歳の主婦、菜月がひょんなことから参加した「これでよろしくて?同好会」という奇妙な集まりにおける女同士の語らいが小説の中心を占める。▼尽きることを知らない会話のなかから浮かび上がってくるのは夫婦や家族というものに関する考察。▼飄々としていながらも、同時に確固とした自分というものを持ち合わせていて、だけど時に周りに流されてみたりもするといった、いかにも川上弘美的なキャラクターの主人公が最終的に「相手を思うから、些細なことが気になるし、些細なことに嫉妬するし、些細なことが自分を打ちのめすんです」という境地に達するのを読むのはちょっと感動的ですらある。▼終盤にはおばけを使った二回転ひねりを物語に加えているが、トリックのためのトリックでは決してなく、幽霊や魔物や日本語を喋る熊などが普通に出てくる川上作品に対する自己言及であり批判に対する回答であり、それをちゃんと作品のなかで落とし前をつけるところも清々しい。
by ok-computer | 2013-05-30 21:18 | 文学・本 | Trackback | Comments(0)

ベートーヴェン『弦楽四重奏曲第14番』

▼ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第14番を聴く。▼この曲で思い出すのはミラン・クンデラの小説『存在の耐えられない軽さ』のワンシーン。▼主人公のテレザが出かけた弦楽四重奏団のコンサート。▼彼女を含めて聴衆は3人しかおらず、ホールよりもステージのほうが人数が多かった!というちょっと可笑しいエピソード。▼「音楽家たちはとても好意的で、コンサートを中止せずに、三人だけの聴衆のためにベートーベンの最後の三つの四重奏を一晩かけて演奏した」と書かれている。▼ウィキペディアによれば、この曲を聴いたシューベルトが「この後でわれわれに何が書けるというのだ?」と述べたという。▼実際、弦楽四重奏曲というジャンルにおいて、ベートーヴェンの晩年の曲群に匹敵する作品にはぼくもお目にかかったことがない。▼バルトークの6つの弦楽四重奏曲が対抗馬としてよく挙げられるが、じっさいバルトークのカルテットはもちろん素晴らしいのだけれども、クラシック史的な文脈において、ベートーヴェンのカルテットを前提にした素晴らしさだという気がする。▼一方、ベートーヴェンのそれは、何者とも較べる必要のない、むしろ較べようがないような孤高の極みに達してしまったかのような深みと凄みが感じられる。▼こう書くと何だかとても難解な音楽のように思えるかもしれないが、そういう人には13番のカルテットの第4楽章を聴いてみてほしい。▼ドイツ舞曲風の平易でロマンティックな旋律は分かりやす過ぎるくらいで、有名なところでは第九などが顕著だが(バッハのようにひたすら崇高というわけではなく)聖と俗との間を激しく揺れるのがベートーヴェンの魅力だといえる。▼今回聴いたのはアマデウス弦楽四重奏団による演奏。▼これをベートーヴェンのカルテットの第一に推すような人はまずいないだろうし、最初に聴いた演奏がゆえの完全な刷り込みだと分かってはいるのだが、なんとなく『存在の耐えられない軽さ』のチェコの町でテレザが聴いたのはこのような響きだったのではないかという想いがしてしまうのだ。

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by ok-computer | 2013-05-19 00:06 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

プロコフィエフ『ピアノ協奏曲第三番』

▼プロコフィエフのピアノ協奏曲第3番を聴く。▼最近BSで放映されていた、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団創立125周年記念コンサートで、この曲の第3楽章がラン・ランの独奏とともに演奏されているのを観た。▼時折客席を見ながら余裕綽々といった感じで弾くラン・ランの姿は小憎らしいくらいだったが、コーダでは一転して高い集中力をみせて客席の喝采を得ていたのは、さすがに魅せ方がうまいなあと感心してしまった。▼しかし第3楽章だけの演奏だったので、ぼくとしてはなんとも不完全燃焼の感じがして、改めてCDで聴き直すことにした。▼取り出したのはマルタ・アルゲリッチ独奏クラウディオ・アバド指揮ベルリン・フィルによる演奏。▼この曲を初めて聴いた演奏で、例によって演奏の善し悪しは分からないが、オケがここはこう鳴ってほしいとイメージするところがその通りに演奏されるような気がして、この曲はこの演奏でよく聴く。▼単に刷り込みによる思い込みだけなのかもしれないけれど。▼この曲はプロコフィエフのなかでも特に人気のある作品で、現代のピアノ独奏者にとっての標準的なレパートリーとして、演奏や録音される機会も多い。▼第一楽章の序奏部が中間で再現されるところや第三楽章の第二主題の美しさなど、メカニカルなピアノ独奏の合間を縫って花開くように叙情性が展開されていくところがなんとも言えず素晴らしい。▼この作品が20世紀に作曲されたという事実を忘れてしまいそうになることは、あるいは通俗的に過ぎると批判されるのかもしれないが、抑圧されていたがゆえに迸り出るが如き、このロマンティシズムには抗い難い。

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by ok-computer | 2013-05-17 00:17 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

ブリテン『ピアノ協奏曲』

▼ブリテンのピアノ協奏曲を聴く。▼最近図書館でCDを借りて聴いてみたらハマってしまって、ついには作曲者指揮による録音盤を購入することになった。▼ブリテンといえば作曲家としてのみならず、指揮者やピアニストとしても評価が高く、さらに私生活では、まだまだ保守的だった往時のイギリスにおいて、テノール歌手のピーター・ピアーズと生涯にわたる公私のパートナーシップを結んだり、日本政府から委嘱のあった皇紀2600年奉祝曲として(よりによって)『シンフォニア・ダ・レクイエム』というタイトルの曲を提出したりといった反骨精神なども含めて格好良い人物だとのイメージがあるが、佇まいやエピソードの格好良さに較べて、その音楽からはそれほどトンがった印象をこれまで受けることがなかった。▼しかし、このピアノ協奏曲に触れることによって、そんなエピソードに相応しいような「格好良さ」をようやくブリテンの音楽から聴き取ることができた。▼第一楽章を聴いてすぐに想起するのはストラヴィンスキーやプロコフィエフの音楽。▼それほどの晦渋さは見られないが、それでいて20世紀音楽ならではのクールかつメカニカルな響きは堪能することができる。▼第二楽章は「ワルツ」と題されているが、シュトラウス親子やチャイコフスキーのワルツとは異なり、ワルツの亡霊のようなワルツになっているところはやはり20世紀的だと言えるかもしれない。▼「行進曲」と題された第四楽章も同様の印象。▼ブリテンの指揮とリヒテルの独奏によるこの演奏はこの作品の決定盤との評判が高いもの。▼ブリテン自作自演集7枚組のうちの1枚で、同じCDにはヴァイオリン協奏曲も収められており、これもまたピアノ協奏曲と甲乙つけ難い、若きブリテンの才気煥発といった作品だ。▼ブリテンのCDは少なからず持っていたはずなのだが、これまで一体何を聴いていたのだろうか、という気分。▼『戦争レクイエム』や『無伴奏チェロ組曲』なども改めて聴き直してみたいと思う。

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by ok-computer | 2013-05-04 00:17 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

橿原市昆虫館

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by ok-computer | 2013-05-03 11:16 | 写真 | Trackback | Comments(0)