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アラン・シリトー『漁船の絵』

▼アラン・シリトーの『漁船の絵』を再読了。▼あなたの好きな短編小説をあげてくださいと問われれば、まず最初に思い浮かぶのがこの作品。▼大学生の頃、あまり趣味が合うとはいえなかった、映画サークルの先輩と話していたときに、お互いこの小説が好きだということが判明して、嬉しいやら気恥ずかしいやら、なにか複雑な気分になったことを思い出します。▼小説のタイトルのつけかたは作家によって様々ですが、この作品の場合はストレートというか、即物的です。▼漁船を描いた一枚の絵をめぐる、元夫婦のものがたり。▼この「元」夫婦というところがこの作品の肝で、すでに別れてしまったふたりを唯一繋ぎ止めているのがこの「漁船の絵」というわけです。▼ある日、元妻が元夫の住む家にやってきて、ひとしきり喋った後で、壁にかかった絵に目を止めて「あの絵がほしいわ」と言う、元夫は「ほしかったら、持っていっていいぜ」と答えて、その絵を彼女に譲る。▼しかし数日後、質屋の前を通りかかった元夫はその絵が店頭に売られているのを発見して、仕方なく買い戻す。▼後日、ふたたび彼の元を訪れた元妻は何食わぬ顔で言う、「あれ、いい絵ねえ。とっても好きだったわ」……▼その後の展開についてはぜひ作品を手に取って、読んでみてもらいたいと思います。▼この小説を初めて読んだ当時、ぼくは愛について何も知らなかったけれど(今もそう変わりませんが)、この作品が失われた大きな愛について語っているということは理解することができました。▼以来、何度も読み返していますし、読み返すたびに感動します。

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by ok-computer | 2015-06-29 11:36 | | Trackback | Comments(0)

小川洋子『薬指の標本』

▼小川洋子の『薬指の標本』を再読了。▼小川洋子さんには『ミーナの行進』や『冷めない紅茶』、その他数え切れないくらいの短篇など、たくさんの素晴らしい小説がありますが、ぼくが一番好きなのはこの作品です。▼奇矯な物語を美しい文体で描いていくというのが小川作品の特徴ですが、ここでもその特質は高次元で達成されているのではないかと思います。▼楽譜に書かれた音、尿路結石、火傷の傷跡など、人々が持ち込むあらゆる品々の標本を作り、それらを保存している「標本室」。▼およそありえない設定ですが、小川さんの緻密で端正な文体で描かれると不思議と不自然さは感じられず、スーッと作品の世界に取り込まれるような気分に陥ります。▼彼女の持つ文章の力によって、作品が普遍性を獲得しているのです。▼「(……)標本にしてもらうと、とっても楽になれるって……」「ええ。確かにその通りです。ここは標本的救済の場所ですから」▼作中のこんな台詞に端的に表されているように、標本室に来る人々は、標本にしてもらう品々にまつわる思い出を標本にすることによって封じ込め、そこから解放されたいと望んでいます。▼このようにサイトに何かを記していくという行為も、自分にまつわる過去・現在を眺め、そこから何かを掬い取りあげて、直接的あるいは間接的に文章化するという作業なのですが、そこには少なからず過去や現在の何かから解放されたい、決着をつけたいという思惑が含まれているに違いありません。▼そう考えを進めていくと、『薬指の標本』に描かれる「標本的救済」行為のなかにも違った意味合いを探すことができそうですし、そこを探求していくのも読書の楽しみのひとつだといえるかもしれません。▼この作品ではまた、主人公と標本技術士とのちょっとアブナイ関係も描かれています。▼男女の微妙な関係性を描くのは小川さんの得意とするところですが、個人的好みからすると、『博士の愛した数式』はストイックすぎで、『ホテル・アイリス』は露骨すぎるように思えて、この『薬指の標本』がちょうどよい塩梅(?)だと思います。▼ふたりの関係性を表現するための小道具として黒い靴と(小川作品にはお馴染みの)和文タイプライターが使われていますが、おそらく男性作家であれば直截的に描くであろう場面においても、小川さんの筆致は夢見るように幻想的で、改めて読み返してみてもうっとりさせられるというか、見事というしかありません。▼一般的に小説の結末はオープンエンディングというか、読者の想像力が広がっていくようなものが好まれる傾向がありますが、この『薬指の標本』については完全に閉じられたエンディングになっています。▼主人公がドアをノックしてそれを開けるのと同時に作品の円環は閉じられます。▼主人公も読者も作品のなかに永遠に封じ込められるのです。

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by ok-computer | 2015-06-28 09:57 | | Trackback | Comments(0)