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平野啓一郎『ある男』

 「文學界」2018年6月号に掲載された、平野啓一郎の新作『ある男』を読了。 

 人は人生を生き直すことができるのか?人は人を愛し直すことができるのか?そして、それができたとするならば、人生にとって、愛にとって、過去とは一体何なのか? 

 『マチネの終わりに』のなかの「人は、変えられるのは未来だけだと思い込んでる。だけど、実際は、未来は常に過去を変えてるんです。」という台詞(本が紹介される際に最も引用されている箇所)に込められたテーマが別の物語を使って変奏され、さらに深く追求されてゆく。

 その主題以外にも、小説に含まれる多数のトピック(東日本大震災・ヘイトスピーチに代表されるような近年の日本を覆う排外主義・犯罪の被害者遺族と加害者家族両方が背負う厳しい現実・中年の危機と夫婦の倦怠、など)は、主題を補助するための伴奏ではなく、副主題と言えるような重要性を持って、小説にポリフォニックな拡がりをもたらす。

 ある男の隠された(隠そうとした)人生にのめり込んでいく城戸章良という弁護士の姿を追った今作は、主人公が知り得たものと同じだけの情報しか読者に与えられないミステリー仕立てになっており、読者は最後まで途切れることのない緊張感に導かれながら、ストーリーテリングの面白さと圧倒的な知性に裏付けられた濃密な読書体験を味わうことができる。加えて、唐突にも思えるような第21章のエピソードは、小説が終わっても解決されることのないもうひとつのミステリーとして、小骨が喉に刺さったような余韻を残す。

 作中人物の少年が書いた、<蛻(ぬけがら)にいかに響くか蝉の声>という俳句はこの小説を端的に優れて表現しているように思える。過去は蝉の蛻のようなもので、登場人物たちはじっとその蛻を見つめ続ける。そして、作者である平野啓一郎は、その蛻に少しだけ彩色して、そっとわれわれに差し出してみせるのだ。

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by ok-computer | 2018-07-31 11:26 | | Trackback | Comments(0)

The Divine Comedy "A Lady of a Certain Age"

大好きな曲です。
頑張って訳してみましたが、特に2番のヴァース部分が難しかったです。
間違っている箇所があればご指摘いただけるとありがたいです。

没落貴族女性の人生が回想されますが、歌詞が進むにつれて、
主人公が言う自身の年齢が若返っていくのが面白いですね。




あなたが社交界の名士の一員だった日を振り返る
王様たちと一緒に休暇を取り、スターレット(ホテル)で食事する
ロンドンからニューヨーク、(サンジャン)カップ・フェラからカプリまで
シャネルの香水とジバンシーの服に身を包んで
ジュネーブ湖そばのノエルのパーティーで
デヴィッドとピーターとともにカンパリを飲んだ
ハイソサエティの眩暈がするような高さを登っていく
小切手帳と家系図だけで武装しながら

あなたはコートダジュールの周りで太陽を追いかけた
青春の光が不明瞭になるまで
そしてあなた自身と影を残した
ある年輩のイギリス人女性
もし素敵な若い男があなたに飲み物を買うなら
あなたは世俗的なウインクとともに言うだろう
「あなたは私が70歳だとは思わないでしょう」
そして彼は言う、「まさか、ありえない!」

あなたはとてもリッチな人と結婚しなければならなかった
そうすればずっと馴れていた生活を守れたかもしれない
しかし、あの社会主義者があなたからお金を奪っていった
あなたは彼に女の子と男の子を与えた
あなたの正気を保つために乳母が雇われた
そして時が来ると彼らは追いやられた
端的に言えば、それが当時あなたがしたこと

あなたはコートダジュールの周りで太陽を追いかけた
青春の光が不明瞭になるまで
そしてあなた自身と影を残した
ある年輩のイギリス人女性
もし素敵な若い男があなたに飲み物を買うなら
あなたは世俗的なウインクとともに言うだろう
「あなたは私が63歳だとは思わないでしょう」
そして彼は言う、「まさか、ありえない!」

あなたの息子は株式と債券を持ち、サリーに住んでいる
ときどきやって来ては急いで帰っていく
あなたの娘は花嫁学校を卒業することができなかった
あなたが認めなかった奇妙な若者と結婚した
あなたの夫の空虚な心臓はあるクリスマスの日に止まった
マルセイユの愛人にヴィラを残して
そしてあなたは小さなフラットから脱け出してここへとやって来る
誰かがあなたのグラスを満たし、身の上話をさせてもらえることを願って

あなたはコートダジュールの周りで太陽を追いかけた
青春の光が不明瞭になるまで
そしてあなた自身と影を残した
ある年輩のイギリス人女性
もし素敵な若い男があなたに飲み物を買うなら
あなたは世俗的なウインクとともに言うだろう
「あなたは私が53歳だとは思わないでしょう」
そして彼は言う、「まさか、ありえない!」

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by ok-computer | 2018-07-23 12:39 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

「川口珠生 展」(特定非営利活動法人キャズ/大阪市浪速区)

 今回の個展は川口さんが今年の春にアイスランドで滞在制作されたときの制作風景を捉えた映像作品を中心に、その成果品や7月14日に行われたペインティングパフォーマンスで生まれた作品などで構成されています。 
 
 蝶々や動物など一見可愛らしいモノをモチーフにしているにも関わらず、異様とも思える舞台装置(宇宙服のような衣装を纏って、銀紙を敷き詰めた無菌室みたいな部屋に設置された箱状のキャンバスに入っていく)を使って描いていくそのスタイルには、世界に対するご自身のシリアスな認識が隠されているに違いないと一度直接お会いして話を聞いてみたいと思う作家さんです。

 会期は7月28日まで。鑑賞される際には事務室を挟んだ奥の部屋にも作品が展示されているので要注意です。こんなに作品数が少ないはずはないと思って事務所の方に尋ねてみてようやく分かったのですが、気付かずに映像だけ見て帰られる方もいらっしゃいました(笑)

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by ok-computer | 2018-07-21 18:37 | アート | Trackback | Comments(0)

「15年」@アートコートギャラリー(大阪市北区)

今夏に開廊15周年を迎えるアートコートギャラリー(大阪市北区)のグループ展、その名も「15年」に行ってきました。

参加した11名のアーティストのうち、9名が京都市立芸術大学の出身者というのはおそらく偶然ではないのでしょうが、関西の若手〜中堅の気鋭作家が一堂に会した展覧会であることには違いないでしょう。

本日はギャラリートークということで、参加アーティスト本人の口から(不参加の方はギャラリーのスタッフが)ギャラリーとの出会いと自作品の解説とを聞くことができました。美術関係者(今日も美術ライターの小吹隆文さんなどがいた)でない人間にとっては気後れしてしまう部分もありますが、普段なかなか聞けないような作品の成り立ちや裏話が知ることができるのは、このような機会ならではのことで、一ファンとして立ち会うことができてよかったと思いました。

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ギャラリートークに先立って、オーナーの八木光惠さんのごあいさつ。この写真のなかに、参加アーティストの川田知志さん、牡丹靖佳さん、石塚源太さん、髙木智子さんが写っています。

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川田知志さんの「Open Room」。川田さん曰く「壁から外した壁画作品」とのことで、壁画の保存修復の技法を用いて、布の上に漆喰と顔料で制作されています。

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フレスコ画や壁画の歴史を踏まえながらも、現代に生きるアートとしての在り方を模索しながら制作活動をされている、川田さんの理知的なアプローチがお話を聞くとよく分かります。

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髪を切って男前度がさらにアップした川田さん。9月の個展も楽しみにしています。

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木村太陽さんは、自身が手掛けたスーパーチャンク"Cloud of Hate”のPVを出展。お話が面白くて、木村さんがアメリカで個展を開催したときのオープニングにスーパーチャンクのメンバーがやって来て、PVの制作を直々に依頼されたそうで、そのときに「好きな映画は?」と問われて、それに答えると、「オレは衣笠貞之助の作品(「狂つた一頁」のことか?)が好きなんだが知ってるか?」と言われて、よくよく聞いているとこんなイメージで撮ってほしいと婉曲的に言われていることに気付いた、とのことでした。



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自作について解説する水田寛さん。油彩をパッチワークにした上に新たなイメージを描き足していますが、パッチワークだけの(上に描き足さない)作品もあって、どちらが良いのか自身も模索していると正直に話してくれました。

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そして、来ることはなかった新平誠洙さんの「Note」。タイトル通り、新平さんの制作ノートをモチーフにした作品。自身の旧作を引用しながら、次々に移り変わっていく興味の対象イメージが羅列されています。ある意味、多様式主義的な新平さんの作風を一枚で表現したと言えるような作品ではないでしょうか。

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写真では分かりにくいですが、下地部分にはまったく別のイメージが鉛筆で描かれてあります(実際に作品を見ることの楽しみですね)。

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by ok-computer | 2018-07-14 21:45 | アート | Trackback | Comments(0)